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東京高等裁判所 平成6年(ネ)1519号 判決

控訴人

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

海渡雄一

古田典子

被控訴人

右代表者法務大臣

前田勲男

右指定代理人

湯川浩昭

外四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成五年七月一三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  仮執行の宣言

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二  事案の概要

控訴人は、被控訴人に対し、刑事被告人として東京拘置所北三舎一階の独居房に拘禁されていた平成元年五月九日から平成五年七月一三日までの間、居房の窓の外側に設置されている遮へい板により、日照、採光、通風及び眺望を阻害され、肉体的・精神的苦痛を被ったと主張して、国家賠償法一条一項及び同法二条一項に基づき(単純併合)、慰謝料三〇〇万円(平成元年五月九日から訴え提起時の平成四年四月六日までの分一〇〇万円及び同月七日から平成五年七月一三日までの分二〇〇万円の合計)及び内金の右一〇〇万円に対する不法行為の後で訴状送達の日の翌日である平成四年四月一七日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた。原判決は、いずれもこれを棄却した。そこで、控訴人は、原判決に対して控訴し、当審において国家賠償法一条一項又は同法二条一項に基づき(選択的併合)、慰謝料一〇〇万円(平成元年五月九日から訴え提起時の平成四年四月六日までの分四〇万円及び同月七日から平成五年七月一三日までの分六〇万円の合計)及び右一〇〇万円に対する不法行為以後である平成五年七月一三日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める旨請求を減縮(慰謝料額及び平成元年五月九日から訴え提起時の平成四年四月六日までの分四〇万円に対する遅延損害金)ないし拡張(同月七日から平成五年七月一三日までの分六〇万円に対する遅延損害金)してその各支払を求めた。

以上のほかは、次のとおり当審における当事者の主張を付加するほか、原判決の「事実及び理由」中「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

一  控訴人の主張

1  刑事施設に関する国際基準に関する新たな主張

人権規約七条前段は、「何人も、拷問又は残虐な非人道的なもしくは品位を傷つける取扱いもしくは刑罰を受けない。」と定め、その解釈・運用につき最終的権限を有する右規約に基づいて設立された規約人権委員会はその解釈を示した一般的見解において「独居拘禁のような措置でさえ、状況に応じては、特に、人が接触を断たれた状況に置かれているときには、本条に反する場合がありうる」としている。また、一九八八年一二月に国連総会で採択された国連被拘禁者保護原則(以下「保護原則」という。)は、刑事拘禁だけではなく、すべての形態の拘禁に適用される普遍的な人権基準として作成されたものであって、人権規約の関連条項の解釈基準となると考えられているものであるが、保護原則の六は「拘禁された者又は受刑者は、拷問又は残虐な非人道的なもしくは品位を傷つける取扱いもしくは刑罰はいかなる場合にも正当化されない。」としており、その前段は右規約七条と全く同一の文言であるところ、右原則の六に付された原注は、「『拷問又は残虐な非人道的なもしくは品位を傷つける取扱いもしくは刑罰』という語は、拘禁された者又は受刑者を視覚や聴覚もしくは位置及び時間の経過に対する意識のような自然の感覚の働きを一時的もしくは永久的に奪う状況に置くことを含め、身体的なものであれ精神的なものであれ、虐待に対してありうべき最も広い範囲の保護を及ぼすものと解釈されなければならない。」としており、右注は、国連総会で決議されたものであって、右規約七条の解釈の基準でもあると考えられる。

本件遮へい板は、人との接触を数少ない面会等の機会に制限されている被拘禁者に対し、自然、採光、風景、美、風通しといったものとの接触を追加的に剥奪していくものであり、被拘禁者は、視覚、時間(季節)に対する意識も奪われているものであって、このようなもとでの拘禁は、右規約七条に明確に違反する。

2  控訴人の転房の違法性及び拘置所長の故意過失に関する新たな主張

本件遮へい板の設置された旧舎の北三舎は、累犯の未決被拘禁者が原則として収容されるところであり、初犯で拘禁されているのは、乙川一郎と控訴人だけであった。両名は、頻繁に民事裁判を起こす、いわゆる「うるさい」被拘禁者であり、控訴人は、「拝啓、江副さんへ」という著書の原稿の抹消を拘置所職員らと争っている最中、その報復として、突然、旧舎に転房されたのである。このような権利意識の高い被拘禁者に対して報復的に行われた本件転房は、恣意的な公権力の行使であり、その点でも違法である。右措置は拘置所長の命じたものであり、その故意ないし過失により、控訴人に損害を与えたものである。

二  被控訴人の反論

1  本件遮へい板は、被勾留者の罪証隠滅の防止及び東京拘置所の規律維持のために必要かつ合理的な営造物であって、何ら被収容者の権利に対し不合理な制限をもたらすものではない。

2  控訴人の転房は、拘置所長が監獄法令の解釈に基づき、控訴人を被告人とする刑事事件の内容、東京拘置所の保安の状況等を勘案して決定したものであり、その際、当該被収容者が初犯であるか累犯であるかということは、被収容者の動静等を予測するための一つの基準であって配房に際して考慮すべき一つの要素にとどまるものであって、控訴人の主張は、憶測に過ぎず、拘置所長の有する裁量権の範囲内における適法な処分である。

第三  当裁判所の判断

当裁判所も控訴人の請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決「事実及び理由」中の「第三 争点に対する判断」の一ないし四に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

一  原判決への付加訂正

1  原判決一一枚目裏二行目の「二四、」の次に「四一、」を加える。

2  同一二枚目裏一行目の「程度で、」の次に「電灯は、被拘禁者の起床時から就寝時まで常時点灯しており、」を加える。

3  同一六枚目表四行目の「規定」を「規程」に改める。

4  同一六枚目裏九行目の「等よって」を「等によって」に改める。

5  同一八枚目表八行目の「他の被拘禁者」を「他の舎房の被拘禁者」に改め、同九行目の「異なる」の次に「(乙一によれば、新舎の居房の外窓を通じての不正連絡が事実上不可能であることが新舎の居房の外窓には旧舎のように遮へい板を取り付けていない理由であることが認められる。)」を加える。

6  同一八枚目裏九行目の「点灯している」の次に「(ただし、この点は、遮へい板のない新舎でも同様であるから、右点灯の有無は、遮へい板の存在とは対応関係がない。)」を加える。

7  同二〇枚目裏六行目の「主張するが、」の次に「拘置所長は、裁判所の勾留及び勾留更新の裁判に基づき刑事被告人を未決拘禁するのであって、右勾留及び勾留更新の事由である「罪証隠滅のおそれ」の有無について、改めて個々に判断する権限を有しない上、」を加える。

二  当審における判断の付加

1  控訴人の当審における主張1について

人権規約七条前段は、「何人も、拷問又は残虐な非人道的なもしくは品位を傷つける取扱いもしくは刑罰を受けない。」と定めているところ、右規約に基づいて設立された規約人権委員会の示した同条に関する一般的見解及び保護原則の六及びその原注等を斟酌すれば、「拷問又は残虐な非人道的なもしくは品位を傷つける取扱いもしくは刑罰」の中には、拘禁された者等をその視覚、時間(季節)に対する意識等を奪う状況に置くことを含め、その者に肉体的又は精神的な苦痛を与える取扱いを含むものと解されるところ、本件遮へい板は、人との接触を数少ない面会等に制限されている被拘禁者にその視覚、時間(季節)に対する意識につき一定限度の制限を課すものであることは否定できないから、一般的には、拘置所の居房の窓に遮へい板を設置しないことが国際的基準により合致するものということができることは原判決に判示のとおりである。しかしながら、主として未決拘禁施設としての東京拘置所の設置目的との関連で旧舎の配列状況のもとで未決拘禁者の罪証隠滅等の防止のために有する本件遮へい板設置の合理的必要性及び許された生活状態を前提としても、本件遮へい板の上部及び下部への視界が全く閉ざされている訳ではなく、限られた範囲とはいえ一応保持されていることに照らすと、代替手段の有無を問うに及ばず、本件居房における控訴人の拘禁が違法とまではいい難い。

2  控訴人の当審における主張2について

証人水上要の証言及び弁論の全趣旨によれば、控訴人の転房は、拘置所長が監獄法令の解釈に基づき、控訴人を被告人とする刑事事件の内容、東京拘置所の保安の状況等を勘案して決定したものであり、その際、当該被収容者が初犯であるか累犯であるかということは、被収容者の動静等を予測するための一つの基準であって配房に際して考慮すべき一つの要素にとどまるものであることが認められ、控訴人主張のように権利意識の高い被拘禁者に対して報復的に行われたものであることを認めるに足りる的確な証拠はない。したがって、これを前提とする本件転房の違法性及び拘置所長の故意過失は、いずれもこれを認めることができない。

第四  結論

よって、控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は正当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野寺規夫 裁判官 矢﨑正彦 裁判官 飯村敏明)

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